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moritahiroki

1989年12月18日生まれました!3兄弟の末っ子
僕には命が2つ・・あります。
??????
僕が生まれる前、兄、姉がいる森田家では
本当は僕ではなく女の子が生まれてくる予定でした。
悲しいことに流産。その子が元気に生まれてきてくれれば僕はこの世にいなかった。
その子の変わりに僕が命を授かりました。2人分の命の重さで。
どうか無事に・・両親は強く思ったことでしょう。
2人分のおかげなのか僕の手相はますかけ線。珍しい手相です!

小さなころから何かを創造して作るのが好きで、ずっとやっていたのがLEGOブロック。
形を自分で考え作っては壊しの繰り返し。
小学生に入ってから図工にも没頭してました。正直、絵はものすごい下手ですが・・・
50年後の未来の地元を書くコンクールで賞を頂き、
中日新聞社にタイムカプセルとして保存されていて50歳くらいになったら
自宅に送られてくるそうです。ただ・・絵の記憶が未だに鮮明にあるので、少し忘れたいきもします。
小学生時代は4年間学級委員長を務めるなどとにかく目立つことがしたい少年でした。

中学に入り思春期を迎えこの頃から髪型に気を遣うようになりました。
いつもカットは母でした。母も資格だけは持っているんですが僕が生まれすぐに仕事を辞めざるおえなくなり断念。
母のカットはいつも櫛が顔にペチペチ当たるのが印象的でした。
ただ何度言っても前髪が揃い可愛くなってしまいそれが嫌で自分で切るようになりました。セルフカットは高校卒業まで続きました。約6年間。
ただこの頃はまだ美容師なんて考えてもなく漁師か庭職人になりたいと考えてました。
今思えば庭職人もハサミを使うなぁ、と思うわけですが・・・

美容師を目指したきっかけは母の一言と初めての美容院!!!
高校2年生の時母が「自分でばっか髪切ってないでプロの仕事を見てきなさい」と
5000円札を握らされました。母と姉が行ってる美容院へ行きドキドキと緊張で
雑誌の切り抜きを受付の方に渡して一言・・お願いします!!
・・・緊張のあまり出すタイミングを間違えました。赤面です・・
いざ、カット!!!!
・・・・・結果は最悪・・雑誌と違うじゃん・・お金払ってこれ・・・
(高校生の時は言いたい放題ですね・・言ってはないですよ!!思ってただけなので)
ここで僕の中で何かが決まりました。
「お金を払ってなんでこんな嫌な気持ちになるんだ・・こんなのおかしい・・僕みたいに
思う人を増やしちゃいけない。僕が希望通り120%叶える美容師になる!!!」
決心しました。
僕のきっかけは失敗からなんです!もちろん今では当時切ってくださった美容師さんに
感謝してます。僕の人生を変えた方ですから♪

高校を卒業し一日でも早く切れるようになりたくてすぐに入社。探してるとき
1番魅力的だったのがBee-ms hairの1年半でスタイリストデビュー。
この言葉で決めました。
美容学校に通信で通いながらの入社。すぐに壁がありました。
まともに敬語で会話なんてできないほど僕は未熟で何度も注意をされてました。
敬語が使えず岐阜弁丸出しですごく迷惑かけてました。当時、笑わずCoolキャラでしたので冷めてるねと言われるほどでした。
そんな僕を変えてくれたのは今もいる北方店のみんなでした。毎日笑ってたある日、
目標を立てる機会が
あり「シャンプーを1番上手くなる」「1番最初にスタイリストデビューする」
を掲げました。
それからは必死で練習に明け暮れる日々!1年目は練習を休んだ日は年に3回。
そのおかげでデビューも同期の中で1番早くできました!
2年目NPO法人 ライジング主催のシャンプー甲子園があり会社で1人しか
でられないので代表選抜。見事Bee-msで1番の称号を頂きました!!


目標は掲げ人に宣言することを学びました!!

宣言します。僕の原点Bee-ms hairをもっとたくさんの方に知って欲しい。
今来てくださってるお客様にもっと価値の高いサロンにしたい。
Bee-msで働くスタッフ、入社したい子にもっとワクワクな体験をしてもらいたい。
そんな思いで僕の夢はBee-msを海外進出させブランディングを強め価値を高めること。
海外旅行したとき、「このサロン知ってるー!!私行ってるー!」とたくさんの声を聞く事。
そして海外に住んでる方に日本の”今”の技術を提供すること。
スタッフには海外研修で現地の空気を感じてもらいながら日本の技術のアウトプット!
海外サロンとの交流、トレンド、情報交換、をしていただく。
お互いがお互いを支え持ち上げるように。これは夢ではなく僕がやることです。

必ず達成するので今後の森田 大輝に期待してください!!